徳山道助の帰郷・殉愛 (講談社文芸文庫)



徳山道助の帰郷・殉愛 (講談社文芸文庫)
徳山道助の帰郷・殉愛 (講談社文芸文庫)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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振り返る人を、受け止める

「徳山道助の帰郷」は、40年前の芥川賞作品。でも、当時から、流行をまるで無視したのんびりした作風だったと、解説にあった。

40年前というのは、どんな時代だったのだろう。戦後、後ろを振り返ることなく、すごい勢いで前進する日本。石原、大江が、きびきびした文体で前衛的な作品を書いていた時代(解説の受け売りです)。そんな中、太平洋戦争中は既に引退していた元陸軍中将の道助さん(作者の祖父がモデル)が、帰郷を機に人生を振り返るという作品は、やっぱり、場違いな感じだったのだろうと思う。

戦後、軍人だったことが意味を成さない時代。戦前、郷土の英雄として祭り上げられていた道助さんは、無位無官の今、帰りづらい。大きな会社の重役である末弟の武助さんが、少し、妬ましい。作者は、そんな道助さんを、淡々とした、どことなくユーモラスな筆で描く。戦死させた部下たちの悪夢に悩まされたり、心の通わない妻との生活に苦しんだりしつつも、飼い犬が入れ歯を隠してしまったり、電車の中、隣に座った女子大生と楽しくおしゃべりしたり。ふわりと明るい。

郷里に帰ると、土地が、人が、道助さんの思い出に火を灯していく。道助さんと話をする兄妹たちも、道助さんの思い出に共鳴するみたいに、心の奥の思い出をそっと取り出す。作者は、淡々と、無言の彼らの胸の内に広げられて、張り巡らされていく思い出の数々を、僕ら読者には語ってくれる。

僕は、彼らのエピソードのひとつひとつに立ち止まらずにはいられなくなる。彼らは、普通の人だ。中将になったものの、今は孫に愚痴をこぼす老人にすぎないことを自覚する道助さんは、特に、自分は普通の人だと分かっている。そんな彼らの普通の思い出は、ありふれているだけに、僕ら読者の心にしまわれていた、重なりあう思い出をかき鳴らしてくれる。彼らの思い出の底には、やはり戦争があるのだけれど、僕らの思い出の底に、戦争がないと言い切ることが誰にできるのだろう。本の世界と、次元が、重なる。

郷土が、人生を終わろうとする人たちを、公平に、抱きとめるように、作者は、彼らの思い出を、静かに、淡々と受け止める。振り返ることを、受け止めてくれる。今、僕らは、ますます強度を増すきびきびとした文体の中で、振り返ることをしようとしない。許されない。郷土も、見ない。生まれたときから郷土のない僕などは、道助さんたちが、うらやましくなる。でも、作者は、この本を読んでいる間は、僕ら読者が読みながら振り返った思い出たちまでをも、道助さんたちの思い出と同じようにして、受け止めていてくれるような気がする。そういうのんびりした文体に、40年後の、振り返る場所さえ持たない僕は、なんだか不思議と、安心するのである。
ふるさとは心の中に持とう

日本は悲惨な戦争を経験した歴史があります。で、文学作品の中には戦争体験に基づいた小説も多いわけです。
大抵は、一市民や一兵卒として戦争に巻き込まれて色々苦労した、と……
もちろん過酷な状況の中だからこそ優れた文学作品も生まれるのであって、それを否定するつもりは毛頭ありませんが、たまには違った視点の作品も読んでみたいものです。
『徳山道助の帰郷・殉愛』に収録された表題作「徳山道助の帰郷」では、陸軍中将まで昇り詰めた男の視点で、戦争と、その後の不如意が描かれています。
結局陸軍中将ほどの偉い人でも、巻き込まれて流されて落ちていくだけだったということです。

ふるさとは遠きにありて思ふもの、という言葉がありますが、徳山道助と故郷の関係を軸として小説は描かれています。故郷とは、つかず離れずの関係が良いようです。

早世の作家柏原兵三が自分の祖父をモデルとして書いた作品です。だから軍歴誇示の手前味噌や自己弁護に陥りがちな自伝とは違って、それなりの客観性を保ち、ある程度批判的な要素を持っています。



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